忍者ブログ

Complex Labyrinth

Complex Labyrinth 制作日記です。

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


ベル・ホワイトデー

ひとつひとつと花芽が色づき春の足音が聞こえるも、まだ寒さが残るなか、突然の大雨に見舞われたのは数分前のことだった。
一月ほど前、外の世界のバレンタインを知ってベルにお菓子を渡したのが事の発端。
それはそれは嬉しそうに受け取ってくれて、その際ベルがお返しはなにがいいかといったので、ベルの手料理が食べたいとねだったのだ。
だから今日は一緒に市場で買出しをして、ベルの家でご相伴に預かる予定だったが、その帰りに家まで後一歩のところで濡れ鼠となってしまった。
「ルゥ大丈夫か?足元、気をつけるんだぞ」
「あ、うん、ありがとう」
ベルが自然とこちらの腰に手を回し、上着を傘代わりにかけてくれた。
ベルの家へと続く石造りの重厚な橋は雨に濡れて、てらてらと光り滑りやすそうだ。
少し奥にあるいつも穏やかに流れている滝が、水量も勢いも増していて少し恐ろしい。
ぎゅっとベルの服を握れば、頭をぽんぽんとなでられた。
「びしょ濡れになってしまったな。さ、中であったまろう」
二人して足早に目先の家へと急いだ。
「荷物も全部濡れちゃったね」
「荷物より、体のほうが大切だ」
家に入ると荷物を置いて、ベルは真っ先に暖炉に火を入れた。
そのまま部屋を出て行ったかと思えばタオルを数枚抱えて戻ってきた。
「ルゥ、そこのソファにかけるといい」
家の中を濡らさないよう気をつけて立っていたのだが、私の後ろのソファをベルが指した。
「え!?いや、濡れちゃうからいいよ」
「気にしなくていい」
「でも……」
そうためらっていると、急にふわっと体が中に浮いた。
ベルに抱き上げられたのだとわかり、抗議の声をあげる前にソファの上へと下ろされた。
シンプルな彫刻の施されたしっかりとした木枠の作りに対し、体が深く沈む柔らかなソファがいい物だと瞬時にわかり、余計に申し訳ない気持ちになる。
「変なところで頑固…」
「お互い様だろう?」
口元を優しく緩めたベルは、私の頭にふわりと柔らかなタオルをかけた。
あまりに心地のいいタオルの感触とほんのり香るさわやかな香りに、ベルの家事能力の高さを感じざるをえない。
そんなことを考えていたら、そのまま頭の上のタオルでわしわしと髪を拭かれる。
「髪くらい自分で拭けるよ」
「いいから、ある程度水気をとらないと雫が垂れてそこから冷えるからな」
大きな手が程よい力で髪を拭いてくれるのは正直心地よかったので、ついついそのまま甘えてしまった。
それが愛しい相手ならばなおさらだ。
「髪が長いと大変だな」
「ベルだって長いから大変でしょ?私は大丈夫だから自分のほう拭きなよ」
「いや、もう少しこのままでいい」
ソファの傍らに置かれた数枚のタオルを見てそういえば、ベルがそんなことを言うので不思議に思い目の前の相手を見上げる。
「そんなに濡れてる?」
「水気はだいぶとれてきた」
「……うん?じゃあ----」
「ルゥの髪は絹のように柔らかいから、触れていて気持ちがいい」
もう大丈夫だよありがとう、と言おうとした口はそのままの形で固まってしまった。
照れるでもなくちょっと嬉しそうにそう口にした相手は、何も裏はなくただ思ったことを伝えただけなのだろう。
(どうしよう理由が可愛すぎて無下にできない上、このままだとベルのピュアさに生命の危機すら感じる…)
そこに艶っぽい気持ちなど微塵もないのだろうが、サラっとそんな事をいわれたらこちらの心臓がどうにかなってしまう。
しかし、ベルも同じようにずぶ濡れだ。
役者に風邪でもひかせたら、ストーリーテラーとしてそれこそ事だ。
「私は本当にいいから!それよりもベルの方が大事!」
ベルの手を止めて新たなタオルをつかむ。
「いや、俺は男だし…」
「風邪は男女関係なくひくものです。これはストーリーテラー命令です」
「……そうか」
少ししょんぼりとした様子にまた心が揺れる。
恋人の欲目だろうか、その様子はたまらなく愛らしい。
「冷えちゃうから、上脱いで」
「ああ……え?」
上着を傘の代わりにかけてくれたので、ベルはシャツ一枚の上、体に張り付くほど濡れている。
シャツのボタンに手をかけると、ベルが慌ててその手をとった。
「ルゥ!待ってくれ、これはっ」
「恥ずかしがってる場合じゃないでしょ!ほら」
「いや、だめだろうこれは」
「もー大丈夫でしょ?おっぱいないでしょ?」
「おっ!!!????」
顔を真っ赤にして固まった隙にこれ幸いとシャツを脱がす、というより剥く。
普段きっちりと着込まれた服に隠れている引き締まった肉体は、雨雲で外が暗い中、暖炉のオレンジ色の光に照らされてその陰影が増して美しくみえた。
肩にかかった髪は正しく鴉の濡れ羽のようで、男らしさと繊細さのギャップが妙に色っぽい。
「……」
「……ルゥ?どうした?」
「……なんかえろい」
「!!?」
つい口をついて出た言葉にベルが肩を震わせた。
(りんごみたいになってる)
「はい、ばんざーい」
ベルの両手をもって肩の高さまで上げさせて、これ以上冷えてしまわないように手早く体を拭く。
「俺は本当にルゥが心配でならない…」
「え、ごめん。思ってたことがつい」
「それじゃなくてだな…こう易々と男の体に触れるのは」
うん?と少し考えながら、新たなタオルでベルの髪を拭く。
「もちろん、ベルだから特別だよ?」
恋人なのだから、ほかの男性とは比べ物にならない。
むしろ他の男性にこんなことをするわけがない。
そういうつもりでの発言だったのだが、ベルは文字通り頭を抱えてしゃがんでしまった。
それにあわせて、自分も腰を落ろす。
「ルゥ…そういうことじゃない」
ベルがため息を吐きながら、言い聞かせるようにこちらを見た。
「?だから、他の男の人にこんなことするわけないし、ベルが特別なわけで」
「ああ…いいかルゥ」
もう一度ベルは深くため息を吐き、私の脇の下に手をいれて体を持ち上げ、ソファに座らせた。
彼はソファの前に肩ひざをついて、まるで騎士が傅くような格好をした。
「靴の中までびしょ濡れだろう?」
「え?ちょっベル!?」
私の靴を脱がしにかかるベルに、真意がわからずとまどう。
裸足にされてしまった足先をベルは丁寧にタオルで拭きはじめた。
(うわわわわわわわ)
足という普段めったに人目に触れない場所を、丁寧に指の間まで拭かれるのは恥ずかしくてたまらなかった。
その上ソファに座る自分に対して、跪いた格好のベルという体制も余計に羞恥を煽る。
「真っ白で、きれいな足だな」
「ベッベル!もう、これ以上はちょっと!自分で拭くから!」
「何故だ?いいだろう?素足に触れられるなんて恋人の特権だ」
いつもの優しい笑みではなく怪しく笑うベルが、あまりに男くさくて心臓が鼓動を増す。
「どうした、ルゥ」
艶のある低い声が名前を呼び、足の甲をするりとしっかりした指がなぞってゆくのに、思わず肩がはねた。
ああ、そうだ。
いくら親しくても、恋人でも、優しくて紳士的でも、ベルは男の人なんだ。
そんな当たり前のことを改めて実感した。
きっと今自分は情けない顔をしていることだろう。
ベルの様子を伺えば、目のあった相手は少し困った顔で薄く笑った。
「わかったか?」
いつもどおりの雰囲気に戻った相手に、こちらも胸をなでおろした。
「うん……好きな人こそ、触られるとはずかしい…」
「ははっルゥらしい感想だな」
ぽんぽんと頭をなでられ、安心感と恥ずかしさの混ざったなんともいえない気持ちになる。
「触れてもらえるのは嬉しいんだけどな」
「……ほんとに?」
「ああ。……ただ」
「うん?」
不快でなかったのならよかったと思ってベルの顔を見る。
「言って怒らないか?」
「何?」
少し躊躇ってから、ベルは口を開いた。
「そう易々と触れられては理性がもたない」
「……えっ」
気まずげに目を伏せて鼻と口元を片手で覆う相手の頬はほんのり赤い。
「俺は、別に聖人でもないし、清く正しいのは役の上だけだ。ルゥは俺の根が真面目で優しいといってくれたが、俺にもそういった欲望くらいは……ある」
先ほどの言葉を聞いたときは、はっとしたがこうしているとやはりベルはベルだ。
真摯に向き合ってくれるところ、恥ずかしがりながらもその思いを伝えてくれるところ。
意外と感情が顔にでて、素直なところ…その全てが私の心をつかんで離さないことを彼は気づいているだろうか。
体を前に傾け、ベルの鼻先に口付けた。
「!ルゥ?」
驚いた顔の相手につい笑い声がこぼれた。
「私のほうが、先に理性がもたないかも」
「おまえな……」
「あーまた真っ赤!」
「こら」
「いちっ」
額を軽くぺちっと叩かれた。
「……早く体を拭いて、暖かいスープでも飲むぞ。なにか着替えを持ってくるから、暖炉のそばで温まってなさい」
「ふわい」
そのあとベルに借りた服は案の定ぶかぶかで、ベルが何故か顔を赤くしていたが、理由はおしえてくれなかった。
ほかほかのスープにおいしいごはん。
突然の大雨に見舞われても、大好きな人とこんなに幸せなひと時をすごせるなら、靴の中が池のようになるのも悪くはない。
おわり
PR

ヨシュア・ホワイトデー

目の前に広がる色とりどりの包装紙。かわいらしいリボンに淡い色合いの造花の飾り。
ほんのりと香るオレンジペコーの香りと、昼過ぎの暖かな日差しに包まれた白を貴重とした室内。
ロココ調の家具で統一される上品で豪華な雰囲気は、幾度か訪れたことがあってもやはり少し緊張する。
そして自分の座るソファの隣には、その部屋の一部のように、画になる美しすぎるドワーフの姿があった。
「あの、ヨシュアさん…このものすごい量の包装の山は何でしょうか」
ヨシュアはちらりとこちらに目をやり、手にしていたカップをソーサーに置いた。
「何って、お前が外の世界にある『バレンタイン』とやらの贈り物だと渡してきたものの礼だよ」
「これは、お返しとかそういう…?」
「それさ」
「それさとは……!?」
たしかに、この間ストーリーテラー仲間から、外の世界にある『バレンタイン』というものを教えてもらい、
ヨシュアにちょっとしたプレゼントをした。
なんでも恋人の行事だなんていうから、ちょっと舞い上がっちゃたわけである。
それのお返しが、どうやらこの目の前にあるきらびやかなプレゼントの山だとヨシュア様は言っているようだ。
「え?私ほんとにたいしたものは…だって私が作った、とくにおいしくもないトルテだよ?」
「たしかにパサパサでおいしくはなかったね」
(あ、やっぱりおいしくなかったんですね)
改めて本人の口から言われると心に刺さる、刺さるというより貫通した。
お世辞など言うはずがないとわかっているのに、もう心は血まみれで瀕死状態だ。
「~~だからっ!そんなもののお返しにって、こんなにもらえないってば!」
少し口を尖らせてそういえば、にやりとした笑みを返される。
そのままのびてきた手が、耳をぐりぐりと触った。
「すねるんじゃないよ」
「すねてないってば!」
ヨシュアの手をぱしっとはたいてうつむく。
これはまるで子供に対する態度だ。いじけた子供をからかう大人の行動に違いない。
子供扱いにも腹がたったが、それが恋人に対する態度だろうかと、そちらの思いのほうが強くなる。
結果、流せばいいようなことにむきになってしまい、また嫌気がさす。
「お子様はごきげん斜めだねえ?」
そうやってのどを鳴らすヨシュアにまた腹がたって顔をあげる。
「誰の----んむっ」
口を開いたと同時に甘く、少し硬質なものが入れられた。
やがてそれは口内温度になじむにつれて解けてゆき、中からとろりと強いラムの香りがあふれ出てきた。
「っふ……まるで餌をもらったひな鳥みたいじゃないか」
「なにこれ……チョコレートにラム酒がはいってるの!?」
初めて食べるものに、怒りを一瞬忘れて目が丸くなる。
「外の世界の人間はおもしろいものを考えるもんだねえ」
(どうやって外の世界の食べ物をこちらの世界で…いや、そこはヨシュア様、なにかしらのルートがあるんでしょうよ)
満足そうに笑うヨシュアの左手には、チョコレートの入れ物らしい真紅に銀の縁取りの高級そうな箱があった。
先ほどチョコをつまんだであろう人差し指と親指をぺろりとなめる様は、なんとも艶やかで目を奪われる。
口の中のチョコレートを飲み込み、ラム酒のあつさを喉の奥で感じると同時に、顔もぼうっと熱くなった。
「~~~~っ」
「ん?どうしたんだい?ルゥ」
わざとらしく小首をかしげ、にやつきながら聞いてくる相手に、変な対抗心が顔を出す。
「私はね、ヨシュアが思っているほど子供じゃないんです」
「へえ?」
おもしろそうにこちらを見る相手に、いまに見ていろとその胸元に近づく。
ひざの上に乗り上げて、いつぞやとは逆の立場に少し優越感を抱く。
その鼻先へ口を近づけて、精一杯の挑発的な顔をしてみせる。
「チョコレートより、キスでもしてくれたらよかったのに」
そのまま細い首に腕を回し、ヨシュアの宝石のような目をみつめる。
多少大胆になっているのは、さっきのチョコレートに入っていたラム酒のせいかもしれない。
驚くかと思っていたのに、当のヨシュアは目を細め口元の笑みも消えていた。
「男の家でそんなことをして、冗談ではすまないよ?」
(あ、まずい)
少し反撃するつもりが、完璧に変なスイッチを押してしまった。
慌てて身を引こうとするが、腰に腕を回され、不安定な体制に起き上がれなくなってしまった。
「どこで覚えてきたんだろうね?まったく…」
「ちょ、ヨシュアっ」
柔らかなものが唇をかすめ、しゅるり、と衣擦れの音に気づいたときには、胸元のリボンが解かれていた。
「!!っヨシュア!」
見つめた先の目は赤みを帯びたアメジストのようで、熱をはらむ支配者のそれに、焦りよりも恐怖がわいてくる。
「おまえから仕掛けたんだよ、ルゥ。大人をからかうと痛い目見るのさ。わかるかい?」
「あ……ヨシュ、ご…ごめ…なさ……っ」
「あやまったってだめさ、ねえ?おまえもう子供じゃあないんだろう」
そういって耳の裏をやさしくなでられ、鼻の奥がつんとしてきて、視界がゆがむ。
(ああ…逃げられない)
万事休すと目をぎゅっとつむる。
そして情けなくも、泣き声が出そうになったときだった。
急に鼻をつままれ驚いて目を開ける。
「……ふぁえ?」
「………っ………くくっ」
そのヨシュアの笑いをこらえる顔をみたとき、すべてを理解した。
「は、謀ったな!!!!!」
「ああおもしろい」
したり顔で笑う相手に腹もたつが、内心ほっとした。
「そんなね、体を震わせて泣くほど恐ろしいなら、下手に男を挑発しないことだよ」
私の鼻先をつまんで左右にゆすりながらそういうヨシュアは、いたずらっこをしかる年長者そのものだった。
「……くやしい」
「わ・か・っ・た・の・か・い・?」
「いたたたたたたたたた!!!!!わわわわわかりましたあ!!」
そのままぎゅうっと鼻をつままれたので、あまりの痛さに鼻がもげるかと思った。
(いや、大丈夫だよね?もげてないよねこれ、鼻ついてるよね?)
鼻を赤くしてべそをかいている自分は、傍目には滑稽だろうなと思いながら、鼻先をそっとさする。
ため息をついてこちらを向いたヨシュアはあきれた様子で口を開いた。
「だいたいね、おまえ。わたしの方がどれだけ哀れか、考えたことがあるかい?」
「こんな小娘の相手をさせられて?」
口を尖らせていえば、まだすねてるのかい、とため息混じりに笑われてしまった。
ヨシュアの細くきれいな指が、私の髪をすくって耳にかける。
「そうだよ。こんな小娘に振り回されて、心乱される年よりだ。ああ、なんて哀れだろうね」
「その言い方はずるいよ…」
あまりにも恥ずかしくて、言葉が尻すぼみになってしまう。
だってこれは、このひねくれた美しきドワーフからの最大級の告白ではないか。
「さて、かわいそうなわたしをなぐさめておくれよ」
またも寄せられる唇に、黙って目を瞑る。
甘くてほろ苦い、チョコとラム酒の味がした。
おわり

キリア・ホワイトデー

仕事終わりの現場、周りに人がいる環境だが建物の影は少し隔離された空間になっていた。
少し離れたところには、最近親しい友人ができたとうれしそうに話してくれた、愛しい恋人の姿があった。
まさに今、ストーリーテラー仲間だというその新たな友人たちにみせる無邪気な姿に、こちらも自然と口の端が上がる。
「あのっキリアさん」
ふと、聞こえた声に目の前の少女へと意識を戻す。
村娘役の愛らしいその少女は何度か競演したことがあった。
「ああ、ごめんね?それで、お話って何だったかな?」
ゆるりと安心させるよう返事をすれば、相手の頬が赤く染まった。
(うーんわかりやすいなあ)
嫌悪の感情の他に好意を寄せられることも間々あるので、こういった場面も珍しくない。
「これ、クッキー焼いたんです。私、キリアさんの……ファンで、あの」
そういってうつむく姿は、明らかな恋愛感情のそれにみえる。
それでも、彼女がファンと言うのだからわざわざ余計なことを言う必要はない。
にこりと笑って手を差し出す。
そのとき、少女の後ろに愛しい人の視線を感じた。
(あ、ルゥちゃんこっちみた!)
いろいろな意味でどきりとして、じっとそちらをみると彼女はニコッとして小さく手を振った。
「……」
これは……心が広いというのか、信用されているととらえたらいいのか。
または異性から好意を寄せられている場面であっても、ファンとの交流と思っているのか。
(いや、ルゥちゃんて自分のことは鈍いとこあるけど、回りのことにはすぐ気がつくし)
しかしあの様子では全く気にしていないようだ。
「ちょっとは妬いてくれたっていいのに…」
「え?」
「うん?ありがとねーいただきます」
「あ、はい!……えっと、し、失礼しますっ」
少女が自身のストーリーテラーの元へ駆けていくのを見届けて、こちらも歩き出す。
新緑の美しい、若々しい葉が芽吹いた樹の下でルゥとその友人たちが談笑していた。
一人は赤い髪をきゅっと結った利発そうな少女で、もう一人は元気のよさそうなルゥと同じくらいの背丈の少年だった。
愛しの彼女はというと、なにかお菓子を頬張っているようだった。
「ルゥ、どう?おいし?」
赤い髪の少女が小首をかしげ、いたずらっぽく笑いながらルゥにたずねる。
「んー!美味しい!上品な甘さだね。まだあったかい!」
「朝時間ギリギリで、焼けたやつをそのままつめてきたからかな」
少女の問いかけに答えたルゥに、照れたように少年は頬をかいた。
(人前であんな顔されちゃうと心配なんだけど)
すぐに嫉妬心が顔を出し、いけないと押さえつける。
ルゥのずっと望んでいた親しい友人なのだ。
ここのところ、彼女はそれはうれしそうに二人のことを話していた。
笑顔でよかったねと聞きながら、そのたびにもやもやしていた自分の心の狭さにさらに落ち込んでいたのが近況だ。
「ルゥーちゃん、おまたせ」
「あ!キリア!お疲れ様」
少し驚いた顔をして慌ててこちらへ駆けてくる相手に、不覚にもときめいてしまう。
「ごめんね、お取り込み中だった?」
「いや、えっとね。さっきフィデリオにクッキーをもらって、アメリーにひとつ味見してみたらっていわれて食べていたの」
ルゥは体を二人の友人の方に振り返り、名前を呼ぶときにそちらに手を向けた。
二人もこちらを向き挨拶をした。
「いつもルゥちゃんから話はきいてるよ。俺はキリア・フェンリル、うちのルゥちゃんがお世話になってます」
「うちのだって!ルゥさん愛されてますねぇ」
「ちょちょちょちょちょっとキリアさん!?アメリーもにやつきながら言うのやめて!」
アメリーという少女に脇をつつかれ、ルゥは汗を流していた。
「そ、それより!これ!フィデリオが焼いてくれたクッキー!美味しいんだよ?」
必死に話をそらそうとしている彼女の話に乗り、少年のほうを向く。
「へえ、すごいね。よく作るの?」
「や、そんな作ることはないんだけど…この前お菓子もらったからそのお返しにさ」
「お返し?」
「外の世界のバレンタインの話をきいて、『俺も女子からお菓子ほしいー!』とかいってたから、人のいいルゥがトルテをあげたわけ」
アメリーの説明に、そういえば自分にもルゥがお菓子をくれたことを思い出す。
あのときは舞い上がっていたが、友人とはいえほかの男にも渡していたとわかるとまた負の感情がわいてくる。
それにこの少年はルゥの話を聞く限り、明るく元気で甘え上手のようだった。
(ルゥちゃん自覚ないだろうけど、こういう子に甘いもんね……)
「へえ、そうだったんだー」
「!?」
フィデリオに笑いかければ、顔を青くして固まってしまった。
どうもきちんと笑えていなかったらしい。
ベルやヨシュアによく言われる『目が笑ってない』状態のようだ。
(あーだめだ。ルゥちゃんのお友達なんだから、もっと冗談ぽく軽い感じにしなきゃ)
そのままルゥの腰に手を回して引き寄せる。
「ルゥちゃんは俺の大事なこだから、ほどほどにね?」
「は、はい!」
少年は余計に固くなり、顔を赤らめ、アメリーも隣できゃっきゃ言っている。
(あれーなんか余計に挑発したみたいになっちゃったかな……)
「っていたたたたた!?」
急に耳を引っ張られ、手の主であろう腕の中のルゥに視線を落とす。
「もおおおおおおおっおばか!!」
「ひゃっ!?いててっルゥちゃん!?」
顔を真っ赤にしながら、キッ、とこちらをにらむルゥに、場違いながらきゅんとする。
しかし、本人はかなりご立腹のようで、そのまま手首をつかまれ引っ張られる。
「フィデリオ、クッキーありがとう。アメリーも、今日はこれで帰るね。さてキリア、ちょっとお話があります」
「……はーい」
ルゥにずんずん引っ張られ、その場をはなれる。
お幸せにー!なんて笑いながら手を振るアメリーとフィデリオに、ルゥちゃんが、おぼえてろよー!なんて三流悪人みたいな捨て台詞を吐いていた。
彼らとは、純粋にふざけあえる仲なのだ。こういった表情、反応は自分は見たことがない。
心の中にまたよくないものが沈殿し始めているのを感じながら、ルゥの後をついていった。
森の中を進み、人気がなくなった頃、心からあふれ出す嫌な感覚についに足を止めてしまった。
「キリア?」
先ほどまで人前で恥ずかしいとか、フィデリオの厚意なのにと言っていたルゥちゃんは、少し心配げにこちらをふりむいた。
「……さっき俺も、ファンの子にクッキー貰ったんだ」
「遠くからなにか貰ってるのは見えけど、クッキーだったんだ」
「…それだけ?」
「へ?」
きょとんとした表情に、じれったさが募る。
静かで人の気配は遠く、手をつないで森の中に二人きり。
初めて心の内を話して、彼女が受け入れてくれたときの雰囲気と似ている。
だからなのか、自然と気持ちを口にすることができた。
「俺はね、ルゥちゃんが他の男と親しげに話してるだけで嫉妬しちゃうし、きょとんとした顔も、駆け寄ってくれただけでも愛しくて。
ルゥちゃんのことたまらなく好きなの」
「……う、うん……」
頬を染めながら顔をそらす仕草にたまらなくなり、そのまま砂糖菓子のように華奢な体を抱き寄せる。
額をあわせて、そらした瞳を覗き込む。
「でも、ルゥちゃんは俺が女の子に囲まれたり、プレゼントもらったりしてても平気そうだし……なんか…」
だめだ、これ以上はかっこ悪すぎて言葉に詰まってしまう。
自分はこんなに女々しく、心が狭かっただろうか。
「キリア」
話を促すようなルゥの視線に、自分の顔に熱が集まるのがわかる。
「俺ばっかり、ルゥちゃんを好きみたいで……なんか…こんな事考えてるのもかっこ悪いし、言うつもりはなかった…けど…」
「……不安?」
細くてやわらかい、大好きな手が俺の頬を挟んだ。
恥ずかしくて情けなくて、俯いたまま小さくうなずく。
「私だってさ、キリアが女の子といるとき、ファンとの交流だし大切にしなきゃとか、あからさまにキリアのこと好きだろうなって
娘が話しかけていても、ストーリーテラーなんだから笑って見守らなきゃとか日々思ってるわけですよ」
「……え」
相手の思わぬ告白に思わず顔を上げる。
真っ赤な顔で少し眉間にしわを寄せた様子は、一見怒っているようにもみえるが、彼女が今ものすごく照れているのだとわかった。
「私は……今までの経験上『表に出さない』ことは得意だけど、『表に出すこと』は苦手だから」
そういって彼女は少し視線をそらしてからこちらを見た。
「人並みにやきもちくらい………妬くよ」
「ルゥちゃん…」
「だから、キリアがそれで不安になるのもわかるというか、私のせいといえばそうなんだけ-----」
「あーーーーーーもう」
思わずそのままぎゅうっと抱きしめる。
気遣いの人で己より他を優先するけれど、こういった場面では甘くってちゃんと安心させてくれる。
彼女ははじめから、上から手を差し伸べるのではなく、同じ場所から一緒に歩いてくれた。
だからこんなにも盲目的に愛おしくて、大切だと思うのだ。
(たまんないわ、やっぱり)
「ルゥちゃんだいすき」
「……はいはい」
「もー!そんなあしらわないでもっとかまってよ!」
「狼なのに甘えたなんだから」
そういって手を伸ばしたルゥは、俺の髪をくしゃりとして、頭をなでた。
その心地よさに目を細めながら、少し低い彼女の首元に顔を埋めた。
「狼のオスって一夫一妻制だし、メスのためにエサを持ってきたり、子育てしたり愛情深いんだよ?」
「ふふっじゃあ子育ては楽かも……」
そこまで口にして急に黙る相手に、こちらも顔を火照らせる。
「ルゥちゃんとの子ぜったいかわいいいいいい!!!いつ?いつ作っても俺は大丈夫だからね!」
「お、おおおおおおばか!まだ結婚もしてないのに--」
「するでしょ?」
「ごはん食べるでしょ?みたいに言わないでください」
「あ、というか『赤ちゃんできたので結婚しまーす』のほうがお父さんも許さざるを得ないかもねー」
「とんでもないこと言い出したよっ」
こういったテンポのやりとりを好ましく思っているので、にこにことしていれば、相手はそうでもないようで深くため息を吐いた。
「あのね、キリア。赤ちゃんていうのはコウノトリさんが連れてくるものじゃないんだよ?」
「こどもじゃないからしってるよー!」
頬を膨らませ見つめると、やれやれといった顔をされる。
さっと吹き抜けた柔らかな風に彼女の髪がふわりと舞って、その可憐さをなお引き立て、こちらのいたずら心をくすぐった。
鼻をすり合わせてしっとりと耳元で囁く。
「ルゥちゃんは?ちゃんとわかってるの?」
「……はい?」
「赤ちゃんはどこからくるのか----」
「あーあーあーーーやめてやめてやめて!知らない!いや、知ってるけどっ知りません!キリアの馬鹿っ!!へんたい!もう口利かないから!」
耳まで真っ赤にして、目にはうっすらと涙の膜がはっている。
湯気でもでてしまいそうで、いじめすぎてしまったと思い頭をなでながら、ごめんねと謝る。
「だってルゥちゃんあんまりにもかわいいんだもん」
「だもんじゃない!女性にそういうことを言わないの!!」
「ルゥちゃん以外にこんなことしないから大丈夫ー」
「私に言うのも速やかにやめてください。というかなんで私に言うの!?」
「そりゃあ……」
まだ頬が上気している相手に、こんなこと言ってしまったらまた怒られるかもしれないなと考えながらも、言葉を続けた。
「ルゥちゃんとの子しか欲しくないもん」
「………!」
案の定、彼女は声にならない叫びをあげ、口を金魚のようにぱくぱくとさせていた。
『あーかーわいい』なんて思わず口にだせば、しっかりと怒られてしまった。
陽だまりの続く森の道は、いつかとは違い明るく暖かい。
けれど同じように心地がよいのは、隣にいてくれる愛しい君のおかげだろう。
おわり