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Complex Labyrinth

Complex Labyrinth 制作日記です。

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ベル・ホワイトデー

ひとつひとつと花芽が色づき春の足音が聞こえるも、まだ寒さが残るなか、突然の大雨に見舞われたのは数分前のことだった。
一月ほど前、外の世界のバレンタインを知ってベルにお菓子を渡したのが事の発端。
それはそれは嬉しそうに受け取ってくれて、その際ベルがお返しはなにがいいかといったので、ベルの手料理が食べたいとねだったのだ。
だから今日は一緒に市場で買出しをして、ベルの家でご相伴に預かる予定だったが、その帰りに家まで後一歩のところで濡れ鼠となってしまった。
「ルゥ大丈夫か?足元、気をつけるんだぞ」
「あ、うん、ありがとう」
ベルが自然とこちらの腰に手を回し、上着を傘代わりにかけてくれた。
ベルの家へと続く石造りの重厚な橋は雨に濡れて、てらてらと光り滑りやすそうだ。
少し奥にあるいつも穏やかに流れている滝が、水量も勢いも増していて少し恐ろしい。
ぎゅっとベルの服を握れば、頭をぽんぽんとなでられた。
「びしょ濡れになってしまったな。さ、中であったまろう」
二人して足早に目先の家へと急いだ。
「荷物も全部濡れちゃったね」
「荷物より、体のほうが大切だ」
家に入ると荷物を置いて、ベルは真っ先に暖炉に火を入れた。
そのまま部屋を出て行ったかと思えばタオルを数枚抱えて戻ってきた。
「ルゥ、そこのソファにかけるといい」
家の中を濡らさないよう気をつけて立っていたのだが、私の後ろのソファをベルが指した。
「え!?いや、濡れちゃうからいいよ」
「気にしなくていい」
「でも……」
そうためらっていると、急にふわっと体が中に浮いた。
ベルに抱き上げられたのだとわかり、抗議の声をあげる前にソファの上へと下ろされた。
シンプルな彫刻の施されたしっかりとした木枠の作りに対し、体が深く沈む柔らかなソファがいい物だと瞬時にわかり、余計に申し訳ない気持ちになる。
「変なところで頑固…」
「お互い様だろう?」
口元を優しく緩めたベルは、私の頭にふわりと柔らかなタオルをかけた。
あまりに心地のいいタオルの感触とほんのり香るさわやかな香りに、ベルの家事能力の高さを感じざるをえない。
そんなことを考えていたら、そのまま頭の上のタオルでわしわしと髪を拭かれる。
「髪くらい自分で拭けるよ」
「いいから、ある程度水気をとらないと雫が垂れてそこから冷えるからな」
大きな手が程よい力で髪を拭いてくれるのは正直心地よかったので、ついついそのまま甘えてしまった。
それが愛しい相手ならばなおさらだ。
「髪が長いと大変だな」
「ベルだって長いから大変でしょ?私は大丈夫だから自分のほう拭きなよ」
「いや、もう少しこのままでいい」
ソファの傍らに置かれた数枚のタオルを見てそういえば、ベルがそんなことを言うので不思議に思い目の前の相手を見上げる。
「そんなに濡れてる?」
「水気はだいぶとれてきた」
「……うん?じゃあ----」
「ルゥの髪は絹のように柔らかいから、触れていて気持ちがいい」
もう大丈夫だよありがとう、と言おうとした口はそのままの形で固まってしまった。
照れるでもなくちょっと嬉しそうにそう口にした相手は、何も裏はなくただ思ったことを伝えただけなのだろう。
(どうしよう理由が可愛すぎて無下にできない上、このままだとベルのピュアさに生命の危機すら感じる…)
そこに艶っぽい気持ちなど微塵もないのだろうが、サラっとそんな事をいわれたらこちらの心臓がどうにかなってしまう。
しかし、ベルも同じようにずぶ濡れだ。
役者に風邪でもひかせたら、ストーリーテラーとしてそれこそ事だ。
「私は本当にいいから!それよりもベルの方が大事!」
ベルの手を止めて新たなタオルをつかむ。
「いや、俺は男だし…」
「風邪は男女関係なくひくものです。これはストーリーテラー命令です」
「……そうか」
少ししょんぼりとした様子にまた心が揺れる。
恋人の欲目だろうか、その様子はたまらなく愛らしい。
「冷えちゃうから、上脱いで」
「ああ……え?」
上着を傘の代わりにかけてくれたので、ベルはシャツ一枚の上、体に張り付くほど濡れている。
シャツのボタンに手をかけると、ベルが慌ててその手をとった。
「ルゥ!待ってくれ、これはっ」
「恥ずかしがってる場合じゃないでしょ!ほら」
「いや、だめだろうこれは」
「もー大丈夫でしょ?おっぱいないでしょ?」
「おっ!!!????」
顔を真っ赤にして固まった隙にこれ幸いとシャツを脱がす、というより剥く。
普段きっちりと着込まれた服に隠れている引き締まった肉体は、雨雲で外が暗い中、暖炉のオレンジ色の光に照らされてその陰影が増して美しくみえた。
肩にかかった髪は正しく鴉の濡れ羽のようで、男らしさと繊細さのギャップが妙に色っぽい。
「……」
「……ルゥ?どうした?」
「……なんかえろい」
「!!?」
つい口をついて出た言葉にベルが肩を震わせた。
(りんごみたいになってる)
「はい、ばんざーい」
ベルの両手をもって肩の高さまで上げさせて、これ以上冷えてしまわないように手早く体を拭く。
「俺は本当にルゥが心配でならない…」
「え、ごめん。思ってたことがつい」
「それじゃなくてだな…こう易々と男の体に触れるのは」
うん?と少し考えながら、新たなタオルでベルの髪を拭く。
「もちろん、ベルだから特別だよ?」
恋人なのだから、ほかの男性とは比べ物にならない。
むしろ他の男性にこんなことをするわけがない。
そういうつもりでの発言だったのだが、ベルは文字通り頭を抱えてしゃがんでしまった。
それにあわせて、自分も腰を落ろす。
「ルゥ…そういうことじゃない」
ベルがため息を吐きながら、言い聞かせるようにこちらを見た。
「?だから、他の男の人にこんなことするわけないし、ベルが特別なわけで」
「ああ…いいかルゥ」
もう一度ベルは深くため息を吐き、私の脇の下に手をいれて体を持ち上げ、ソファに座らせた。
彼はソファの前に肩ひざをついて、まるで騎士が傅くような格好をした。
「靴の中までびしょ濡れだろう?」
「え?ちょっベル!?」
私の靴を脱がしにかかるベルに、真意がわからずとまどう。
裸足にされてしまった足先をベルは丁寧にタオルで拭きはじめた。
(うわわわわわわわ)
足という普段めったに人目に触れない場所を、丁寧に指の間まで拭かれるのは恥ずかしくてたまらなかった。
その上ソファに座る自分に対して、跪いた格好のベルという体制も余計に羞恥を煽る。
「真っ白で、きれいな足だな」
「ベッベル!もう、これ以上はちょっと!自分で拭くから!」
「何故だ?いいだろう?素足に触れられるなんて恋人の特権だ」
いつもの優しい笑みではなく怪しく笑うベルが、あまりに男くさくて心臓が鼓動を増す。
「どうした、ルゥ」
艶のある低い声が名前を呼び、足の甲をするりとしっかりした指がなぞってゆくのに、思わず肩がはねた。
ああ、そうだ。
いくら親しくても、恋人でも、優しくて紳士的でも、ベルは男の人なんだ。
そんな当たり前のことを改めて実感した。
きっと今自分は情けない顔をしていることだろう。
ベルの様子を伺えば、目のあった相手は少し困った顔で薄く笑った。
「わかったか?」
いつもどおりの雰囲気に戻った相手に、こちらも胸をなでおろした。
「うん……好きな人こそ、触られるとはずかしい…」
「ははっルゥらしい感想だな」
ぽんぽんと頭をなでられ、安心感と恥ずかしさの混ざったなんともいえない気持ちになる。
「触れてもらえるのは嬉しいんだけどな」
「……ほんとに?」
「ああ。……ただ」
「うん?」
不快でなかったのならよかったと思ってベルの顔を見る。
「言って怒らないか?」
「何?」
少し躊躇ってから、ベルは口を開いた。
「そう易々と触れられては理性がもたない」
「……えっ」
気まずげに目を伏せて鼻と口元を片手で覆う相手の頬はほんのり赤い。
「俺は、別に聖人でもないし、清く正しいのは役の上だけだ。ルゥは俺の根が真面目で優しいといってくれたが、俺にもそういった欲望くらいは……ある」
先ほどの言葉を聞いたときは、はっとしたがこうしているとやはりベルはベルだ。
真摯に向き合ってくれるところ、恥ずかしがりながらもその思いを伝えてくれるところ。
意外と感情が顔にでて、素直なところ…その全てが私の心をつかんで離さないことを彼は気づいているだろうか。
体を前に傾け、ベルの鼻先に口付けた。
「!ルゥ?」
驚いた顔の相手につい笑い声がこぼれた。
「私のほうが、先に理性がもたないかも」
「おまえな……」
「あーまた真っ赤!」
「こら」
「いちっ」
額を軽くぺちっと叩かれた。
「……早く体を拭いて、暖かいスープでも飲むぞ。なにか着替えを持ってくるから、暖炉のそばで温まってなさい」
「ふわい」
そのあとベルに借りた服は案の定ぶかぶかで、ベルが何故か顔を赤くしていたが、理由はおしえてくれなかった。
ほかほかのスープにおいしいごはん。
突然の大雨に見舞われても、大好きな人とこんなに幸せなひと時をすごせるなら、靴の中が池のようになるのも悪くはない。
おわり
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