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Complex Labyrinth

Complex Labyrinth 制作日記です。

ヨシュア・ホワイトデー

目の前に広がる色とりどりの包装紙。かわいらしいリボンに淡い色合いの造花の飾り。
ほんのりと香るオレンジペコーの香りと、昼過ぎの暖かな日差しに包まれた白を貴重とした室内。
ロココ調の家具で統一される上品で豪華な雰囲気は、幾度か訪れたことがあってもやはり少し緊張する。
そして自分の座るソファの隣には、その部屋の一部のように、画になる美しすぎるドワーフの姿があった。
「あの、ヨシュアさん…このものすごい量の包装の山は何でしょうか」
ヨシュアはちらりとこちらに目をやり、手にしていたカップをソーサーに置いた。
「何って、お前が外の世界にある『バレンタイン』とやらの贈り物だと渡してきたものの礼だよ」
「これは、お返しとかそういう…?」
「それさ」
「それさとは……!?」
たしかに、この間ストーリーテラー仲間から、外の世界にある『バレンタイン』というものを教えてもらい、
ヨシュアにちょっとしたプレゼントをした。
なんでも恋人の行事だなんていうから、ちょっと舞い上がっちゃたわけである。
それのお返しが、どうやらこの目の前にあるきらびやかなプレゼントの山だとヨシュア様は言っているようだ。
「え?私ほんとにたいしたものは…だって私が作った、とくにおいしくもないトルテだよ?」
「たしかにパサパサでおいしくはなかったね」
(あ、やっぱりおいしくなかったんですね)
改めて本人の口から言われると心に刺さる、刺さるというより貫通した。
お世辞など言うはずがないとわかっているのに、もう心は血まみれで瀕死状態だ。
「~~だからっ!そんなもののお返しにって、こんなにもらえないってば!」
少し口を尖らせてそういえば、にやりとした笑みを返される。
そのままのびてきた手が、耳をぐりぐりと触った。
「すねるんじゃないよ」
「すねてないってば!」
ヨシュアの手をぱしっとはたいてうつむく。
これはまるで子供に対する態度だ。いじけた子供をからかう大人の行動に違いない。
子供扱いにも腹がたったが、それが恋人に対する態度だろうかと、そちらの思いのほうが強くなる。
結果、流せばいいようなことにむきになってしまい、また嫌気がさす。
「お子様はごきげん斜めだねえ?」
そうやってのどを鳴らすヨシュアにまた腹がたって顔をあげる。
「誰の----んむっ」
口を開いたと同時に甘く、少し硬質なものが入れられた。
やがてそれは口内温度になじむにつれて解けてゆき、中からとろりと強いラムの香りがあふれ出てきた。
「っふ……まるで餌をもらったひな鳥みたいじゃないか」
「なにこれ……チョコレートにラム酒がはいってるの!?」
初めて食べるものに、怒りを一瞬忘れて目が丸くなる。
「外の世界の人間はおもしろいものを考えるもんだねえ」
(どうやって外の世界の食べ物をこちらの世界で…いや、そこはヨシュア様、なにかしらのルートがあるんでしょうよ)
満足そうに笑うヨシュアの左手には、チョコレートの入れ物らしい真紅に銀の縁取りの高級そうな箱があった。
先ほどチョコをつまんだであろう人差し指と親指をぺろりとなめる様は、なんとも艶やかで目を奪われる。
口の中のチョコレートを飲み込み、ラム酒のあつさを喉の奥で感じると同時に、顔もぼうっと熱くなった。
「~~~~っ」
「ん?どうしたんだい?ルゥ」
わざとらしく小首をかしげ、にやつきながら聞いてくる相手に、変な対抗心が顔を出す。
「私はね、ヨシュアが思っているほど子供じゃないんです」
「へえ?」
おもしろそうにこちらを見る相手に、いまに見ていろとその胸元に近づく。
ひざの上に乗り上げて、いつぞやとは逆の立場に少し優越感を抱く。
その鼻先へ口を近づけて、精一杯の挑発的な顔をしてみせる。
「チョコレートより、キスでもしてくれたらよかったのに」
そのまま細い首に腕を回し、ヨシュアの宝石のような目をみつめる。
多少大胆になっているのは、さっきのチョコレートに入っていたラム酒のせいかもしれない。
驚くかと思っていたのに、当のヨシュアは目を細め口元の笑みも消えていた。
「男の家でそんなことをして、冗談ではすまないよ?」
(あ、まずい)
少し反撃するつもりが、完璧に変なスイッチを押してしまった。
慌てて身を引こうとするが、腰に腕を回され、不安定な体制に起き上がれなくなってしまった。
「どこで覚えてきたんだろうね?まったく…」
「ちょ、ヨシュアっ」
柔らかなものが唇をかすめ、しゅるり、と衣擦れの音に気づいたときには、胸元のリボンが解かれていた。
「!!っヨシュア!」
見つめた先の目は赤みを帯びたアメジストのようで、熱をはらむ支配者のそれに、焦りよりも恐怖がわいてくる。
「おまえから仕掛けたんだよ、ルゥ。大人をからかうと痛い目見るのさ。わかるかい?」
「あ……ヨシュ、ご…ごめ…なさ……っ」
「あやまったってだめさ、ねえ?おまえもう子供じゃあないんだろう」
そういって耳の裏をやさしくなでられ、鼻の奥がつんとしてきて、視界がゆがむ。
(ああ…逃げられない)
万事休すと目をぎゅっとつむる。
そして情けなくも、泣き声が出そうになったときだった。
急に鼻をつままれ驚いて目を開ける。
「……ふぁえ?」
「………っ………くくっ」
そのヨシュアの笑いをこらえる顔をみたとき、すべてを理解した。
「は、謀ったな!!!!!」
「ああおもしろい」
したり顔で笑う相手に腹もたつが、内心ほっとした。
「そんなね、体を震わせて泣くほど恐ろしいなら、下手に男を挑発しないことだよ」
私の鼻先をつまんで左右にゆすりながらそういうヨシュアは、いたずらっこをしかる年長者そのものだった。
「……くやしい」
「わ・か・っ・た・の・か・い・?」
「いたたたたたたたたた!!!!!わわわわわかりましたあ!!」
そのままぎゅうっと鼻をつままれたので、あまりの痛さに鼻がもげるかと思った。
(いや、大丈夫だよね?もげてないよねこれ、鼻ついてるよね?)
鼻を赤くしてべそをかいている自分は、傍目には滑稽だろうなと思いながら、鼻先をそっとさする。
ため息をついてこちらを向いたヨシュアはあきれた様子で口を開いた。
「だいたいね、おまえ。わたしの方がどれだけ哀れか、考えたことがあるかい?」
「こんな小娘の相手をさせられて?」
口を尖らせていえば、まだすねてるのかい、とため息混じりに笑われてしまった。
ヨシュアの細くきれいな指が、私の髪をすくって耳にかける。
「そうだよ。こんな小娘に振り回されて、心乱される年よりだ。ああ、なんて哀れだろうね」
「その言い方はずるいよ…」
あまりにも恥ずかしくて、言葉が尻すぼみになってしまう。
だってこれは、このひねくれた美しきドワーフからの最大級の告白ではないか。
「さて、かわいそうなわたしをなぐさめておくれよ」
またも寄せられる唇に、黙って目を瞑る。
甘くてほろ苦い、チョコとラム酒の味がした。
おわり
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